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最高裁判所第一小法廷 昭和36年(オ)223号 判決

拘束者

上告人 太田広三郎

請求者(被拘束者)

被上告人 会沢勇太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について。

家庭裁判所が、精神衛生法二〇条二項四号の規定に基づいて精神障害者の保護義務者を選任するには、精神障害者の扶養義務者のうちから選任すべきであるところ、所論根本侊勇は本件被拘束者たる被上告人の扶養義務者でなかつたことは、原審の確定した事実によつて明らかであるから、同人を被上告人の保護義務者に選任した所論家庭裁判所支部の審判は違法であり、その違法は顕著であるといわなければならない。されば、上告人が被上告人を拘束するにつき、たとえ右根本の同意を得た事実があつても、同人はもともと保護義務者となる資格を有しなかつたのであるから、上告人の本件拘束は、精神衛生法三三条に定める正当の手続によつたものでないことが明らかであり、従つて、被上告人の本件救済の請求は人身保護法二条及び人身保護規則四条所定の要件に適合するものというべきであるから、これを認容した原判決には所論の違法は認められない。それゆえ論旨は採用しがたい。

同第二点について。

所論民訴三九五条一項六号(同条六項とあるは誤記と認められる)違背をいう点は、結局原審の適法にした事実認定の非難に帰するから採ることができず、人身保護規則三七条違反をいう点は、所論のような処分をするか否かは、原審裁判所の自由裁量に属するものであること右規定上明らかであるから、論旨は採用しがたい。

よつて、人身保護規則四二条、民訴九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)

(上告人の上告理由)

第一点人身保護法第二条に違背すると思料される理由

上告人(拘束者)の管理する石崎病院に被上告人(被拘束者)を入院せしめた昭和二十三年五月においては、同意者は被上告人(被拘束者)の保佐人に就職した根本光勇であり、精神衛生法第二〇条による保護義務者としては、その資格に継けていたものであることは、上告人(拘束者)に於ても自白するところであります。上告人(拘束者)は、昭和三十四年九月より石崎病院の管理者に就業し、此の不備を発見、是正すべく、保佐人根本光勇を呼出し、被上告人(被拘束者)の本籍に所属する水戸家庭裁判所常陸太田支部に、精神衛生法第二〇条による保護義務者選任の申立をなさしめたところ、昭和三十五年八月三十日付をもつて、保佐人に当る根本光勇が、更に同法の保護義務者に選任されたとの通知を受け、後刻、引続いて同意者としての確認をしております。この経緯については、本件判決文にも記載されている通りでありますが、その判決の主点とするところは、昭和三十五年八月三十日以降即ち根本光勇が家庭裁判所で保護義務者として選任を受け、その同意により、被上告人(被拘束者)が入院拘束を受けていることが、適法か否かについて断じております。

そもそも精神障害者の同意入院については、同法三三条に規定されており、「精神病院の長は診察の結果、精神障碍者であると診断したものについて、医療及び保護のため入院の必要があると認める場合において、保護義務者の同意があるときは、本人の同意がなくても入院させることができる」と規定されています。これは一般に精神障碍者が自らの疾病、その異常思考、行為を反省意識すること、即ち病識を持ち得ることが尠く、為に反、非社会的行為に陥り、自らを傷つけ、他に害を与へる懼れが多いが、それにも不拘、医療を拒み続けるという事態が多いこと亦神精病院への入院が、結果的には拘束となるために、その病者の人権、福祉保護のために、その能力を果し得る保護義務者の同意を得る事を必要としていると思料します。

今この精神衛生法第三三条に照し、本事件を分析してみますと、先ず第一に被上告人(被拘束者)は明確に精神障碍者であり、精神分裂病就中パラフレニーに罹患しているものであり本件判決に於ても認容されているところであります。

次いで第二に被上告人(被拘束者)が医療及び保護のために入院を必要とする精神障碍者であることは上告人(拘束者)の強く主張するところであり、本件答弁書に於て、亦公判に於ても既に陳述したところであります。尚この点について本判決中「請求者は、現在自己を傷け又は他人に危害を加へる様な虞はない」との認定がありますが、これは、上告人(拘束者)においては強く否定し、後記する上告理由の一とします。

終りに第三として保護義務者同意の有無について、上告人(拘束者)に於ては、現時水戸家庭裁判所常陸太田支部に於て、神精衛生法第二〇条により選任された保護義務者根本光勇の同意を有しており、精神障碍者の治療入院に対しては、精神衛生法第三三条の規定を遵守し慎重に取扱うている所存であります。ここで人身保護法と精神衛生法との関連を考察しますに、精神病者が拘束されている場合、之が正当の手続きによる入院束拘束であれば、何等人保護法に低触するものではないと思料致します。此際人身保護法は、主として拘束の方式手続きが審査されるのがこの主旨とされるものと思料致します。「法律上正当な手続きによらないで」という事は換言すれば「拘束が違法な手続」によつてなされたという事で、あくまで手続上の合法、違法が法第二条の主旨であり、遡つて拘束の根拠となつた審判の内容が違法か正当かは本条の趣旨ではないものと思料致します。この観点からしまするに、本件拘束は、全く精神衛生法第三三条に準拠した正当な手続きにより被拘束者を入院拘束させているものでありまして、本判決の理由は本条制定の趣旨を誤認したものであると思料致します。

第二点 民事訴訟法第三九五条第六項違背と思料される理由、人身保護規則第三七条違背と思料される理由

被上告人(被拘束者)が精神障碍者であり、医療及び保護のため入院が絶対的に必要である事は、本件答弁書、及び公判に於て上告人(拘束者)が強く主張し陳述したところであるが、判決理由中「請求者は現在自己を傷け、又は他人に危害を加えるような虞はない」と認定しているところは判決の理由に齟齬の一部があるもので、更に之が釈放の判決を封助している事と思料致します。人身保護規則第三七条の制定の趣旨拠れば精神病者の釈放とはこれを適当な処分により保護する事が真の釈放と言ひ得るものと考へられます。精神病者では事理の弁別、是非曲解の判断に欠け社会適応性の障碍を有するもので、之に何等かの保護を与へざる時には、唯徒に混乱を来すのみで病者の不利益を招来する事は必至と考へられます。被拘束者の現在の状況からみて、病識は全くなく、保佐人の保佐などは全く拒否し、自らは精神障碍に罹患するものにあらず、あらゆる方法にて、正常者との認知を受け、早刻にでも警察官に復職するものであり、従前敗訴した訴訟関係の事件も之を恢復せしめるべく万難を排して戦うとの主張を有するものであり、斯る状況にては入院前の様に全く訴訟に明け暮れて生活も貧困、窮乏し、甘言に誘われては自己の財産をも不当の廉価にて売払つてしまう等、自己の生活も確保し得ない事は明瞭であります。この為に他に不当の侵害を起し、無用の磨擦と混乱を来す事も当然であり、現に釈放後も、被上告人は現在既に関係もないと主張している離婚した妻大曽根なみ、長女同恵美子宅にも出掛け、不当の干渉をなし、恐怖させるという事態もあり、本判決の如く、即時釈放する事が、被拘束者の利益となり得ない事は明白であり、本判決が人身保護規則第三七条に違背していると思料される次第であります。

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